メイドが欲しい、というロイエンタールの突飛な呟きを側で聞いたのは、彼の親友 ウォルフガング・ミッターマイヤーだった。

何事だと視線で問い返すと、最近仕事が 忙しくてなと貴族然とした出で立ちの彼は言う。
「そういえば卿の家は広いのに人気がなかったな。」
「使用人がいないわけではないのだがな。」
グラスを傾けるロイエンタールを見やって、ミッターマイヤーは思案する。そういえ ば以前、メイドを雇わないのかという質問にロイエンタールが苦笑して答えた事が あった。
「なぜだかロイエンタール家は評判が悪いらしくてな、女性の働き手がつかんの だ。」
「募集をかけたことはあるのか?」
ミッターマイヤーは我ながらおかしなことを聞くなと胸中で苦笑した。ロイエンター ルの名前が求人広告に掲載されたら…まず噂好きのミュラーがはりきって報告に来て くれるだろう。ビッテンフェルトなどは声が大きいから、それを聞けばそれはそれは 大きな声でわめきながら廊下を歩いて、最後は至高のお耳にまで届いてしまって。メ イド募集などという文字をご覧になった皇帝陛下はなんと仰られるだろう。
ミッターマイヤーはもう面白くて笑ってしまいそうになりながら、なんとかそれが現実になっ たら楽しいなと意地悪く思うのだった。
「なんだ、ミッターマイヤー。顔がにやけている。」
指摘されて咳払い。ロイエンタールはそれ以上追求はせずに、視線を窓の外へ流し た。
「メイドが欲しいと言っても、募集をかけるほどでもないしな…」
「いやしかし、一度やってみればどうだ?だめならだめで諦めればよいし…第一お 前、結婚する気などないのだろう?」
「……当分は。」
「ならやはりメイドも必要になろう。ほら、俺が手配してやるから。」
「…………なんだ、やけに積極的じゃないか。」
「それはそうだ。卿は…いやお前は俺の唯一無二の親友なんだからな。」
ミッターマイヤーの爽やかな笑顔に、ロイエンタールは無表情な顔を少し歪ませてそ うかとなぜか満足げに頷いた。その唯一無二の親友が何を考えているかなど、よくわ かっているつもりで全くずれているのだからもう救いようのない彼であった。 そんな救いようのない彼は、疾風と呼ばれる親友とその奥方の共同戦線により翌朝の新聞広告に見事、メイド募集の記事をもぐりこませる事に成功した。それは、求人広 告を構成するたった一つの記事ではあったが、かなり目を引くデザインになっていた。
朝、かかさず新聞と新聞広告を隅々までチェックして、毎日皇帝陛下のお耳に面白い 最新情報を届けるという重大な使命を背負っている(と自負している)ナイトハルト ・ミュラーは朝のコーヒーを楽しみながらその記事を見つけて思わず苦いカフェイン を全部噴出した。
見事に広告は水浸し、黒い軍服は苦い香りにつつまれてしまった。
「なんだこれ……」
軍服を濡らしたまま、ミュラーはドライヤーでそのよれよれの求人広告を乾かしてまじまじと見つめた。何度も何度も文字を読み返す。
しかし何度読み直してもそれはメ イド募集の広告で、募集元は彼もよく知る人物で。
ミュラーはしばらく呆然と、時間がたつのも忘れてその広告をじっと見つめていた。



その広告が出回った日、ミュラーがコーヒーを吐き出した丁度その時、ラインハルトは真っ白い寝巻きのまま上半身を起こし、ぼりぼり頭をかいていた。
そろそろ半袖では寒いなぁと思いながら布団を蹴り飛ばして、寝ぼけ眼で隣を見やればよく見知った 黒い髪。
ああ、ロイエンタールが来たのか、と記憶にはないながらもなんとなく納得して、ラインハルトはもう深くは考えないでベッドから降りた。
顔を洗いに行こう、そう思考して足をそちらへ向かわせる。
その時、外がなにやら俄かに騒々しくなって彼は眉を寄せた。不快そうに眠い、と呟く。騒々しい足音は明ら かにこちらへ近づいてきている。
何やら喧騒らしいものを伴ってきたそれが、ノック もなしにドアを開け放ったものだから、さすがに爆睡していたロエインタールももぞ もぞとベッドから起き上がった。寝る時は裸なのか、ラインハルトが何も身に着けて いない彼を視界の端におさめつつも、なにごとか騒々しいぞ眠いのに、と文句を言い かけた瞬間、思考は停止した。
それは、今起き上がったところであるロイエンタールも同じだったらしい。2人の動 きは完全に停止していた。
その視線の先、開け放たれたドアの向こうに、親衛隊長ギュンター・キスリングにがっしりと胴体を掴まれながらも侵入してきた男が叫んだ。
「閣下!わたくしというものがありながら!!!!!」
叫んだ男は、ロイエンタールの忠実な部下、ベルゲングリューンだった。
見れば見るほどおかしいもので、彼は黒いワンピースに白いレースをあしらったエプ ロンを、身に着けるというよりも装着していた。スカートから伸びる脚は立派なすね 毛が生えていて、ラインハルトは意外に筋肉質だなという感想を抱いた。
しかしそれ 以上はなんだかよくわからない。
ラインハルトは立ち尽くした。顔を洗うこともすっ かり思考の外である。
なんだかよくわからないけれどベルゲングリューンはスカートをはいて足が筋肉質 だ。そういう文章が脳裏に浮かぶだけである。
そう。彼の今の格好は、端的に表現するならメイド服。
ベルゲングリューンがメイド 服。ベルゲングリューンがメイド服だ、間違いない。
ロイエンタールはなかなか現実に帰ってこれないようだ。瞳に映像は映しているが心にはもう何もない。
ドア付近でキスリングが必死で押さえているにもかかわらず、メイド服を装着した彼 はロイエンタールに向かって尚も叫び続けている。ラインハルトにも、ロイエンタールにもその言葉の意味までは届いていない。ただ五月蝿い音がするなあと思うだけで ある。
「閣下!雇うのならわたくしめが!わたくしめが!」
その時向こうでまた新たな足音が響いてきた。その声がうわぁぁぁと悲痛な叫び声を あげるのをラインハルトは聞いた気がした。
それは、ミュラーの声だった。
ミュラー は遠くから、 「陛下!マインカイザー!」 と叫んでいる。自分が呼ばれていることに脊椎反応で気付いた生来の皇帝陛下は入れ、となかなか無茶なことをうつろな瞳で命じた。
ミュラーが、ドアの近くで取っ組 み合いを始めた親衛隊長とベルゲンメイドの隙間を縫って走ってくる。手にはよれよれの求人広告があった。
「陛下、陛下これをご覧下さい!」
ミュラーが寝癖のままの皇帝の手に広告を握らせる。うん、と頷いてラインハルトは 指差された記事に目を落とした。 そして、なんとなく思考が現実に追いついてきた気がしたラインハルトはとりあえず 顔を洗うといいながらよろよろとその場から逃げ出した。


「で、ロイエンタールがメイドを募集したと。」
軍服に着替えたラインハルトがこめかみを抑えて呻く。ベルゲンメイドを追い出し、 ロイエンタールもついでに追い出したラインハルトは軽い朝食に手をつけながら、目 の前にいるミュラーに言った。はぁ、とミュラーが返答する。 キスリングは、じっと部屋の端で直立不動のまま遠くを見ていた。顔面に爪あとがあ るのは多分、ベルゲンメイドと戦った痕なのだろう。勲章などにはならないが。
「私も今朝、広告でみかけて…急いでご報告にあがった次第なのです。」
「それでグリューンがメイドとして雇って欲しいと乗り込んできたのだな。というか あれはかなり無礼な行為ではなかったのか?予は皇帝ではないのか?」
「仰るとおりではございますが、まぁ恋は盲目と申しますので…」
「グリューンは鯉なのか。鯉は盲目…足は筋肉質。」
「あまり思い出さないほうがよろしいかと存じます。」
「うん。」
山盛りにジャムを塗りたくったトーストを口に運びながらラインハルトは金髪を揺ら して頷いた。
「それで雇うのか、ロイエンタールは。」
「さぁ?どうでしょう、そこまでは…」
「ふーん……」
ラインハルトはフォークを歯にはさんで上下させながら、なんとはなく面白くないなぁと胸中で呟いた。